犬と人、お互いの成長のために活動する ~NPO法人キドックス~
はじめに
皆さんも一度は「殺処分」、「引きこもり」という言葉を聞いたことがあると思います。ですが、聞いたことはあるけど自分にはあまり関係ないな…という方や、知りたいけどとっつきにくいな…と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。私もその一人でした。そんな時、あるイベントで今回の取材先であるNPO法人キドックスを知りました。NPO法人キドックスは引きこもりなどで悩んでいる人と、殺処分されてしまう犬の両方が幸せになれるような活動を行っている団体です。今回は代表である上山さんにお話を伺いました。
Q.キドックスとはどんな団体?
A.人と犬、両方の幸せを目指して活動している団体です。特に活動の中心となるのは、動物を通じた人の教育、成長支援ですね。いわゆる一般的なセラピーと違う点は動物側にもメリットがあるように設計している点です。動物が単純に人のために使われるのではなく、動物自身もその過程の中で命が助かるように、成長できるように設計しているのが特徴です。つまり動物と人、どちらにもメリットがあるようにしています。人と犬、お互いが成長しあうというのがコアなサービスです。
Q.キドックスの名前の由来について教えて下さい。
A.造語になりますが、子どもを意味するKIDSと犬を意味するDOGを掛け合わせています。KIDS+DOGでキドックス。この事業所を立ち上げる前は、犬を介した子どもたちの教育支援として、犬との接し方、ふれあい方などの講座を小学生向けに行っていました。だからキドックスとして始めたのですが、現在は不登校などの引きこもり支援も行っていて、下は9歳から上は39歳と年齢層が幅広く、もうKIDSではないですね。だからKIDSではなくYouth、若者と呼んでいます。名前を変えるとユドックスになるのかな?それだとちょっと変なのでキドックスのままにしています(笑)
Q.上山さんがこの活動を始めたきっかけを教えて下さい。
A.きっかけは大きく2つ、人側と犬側のきっかけがあります。1つ目の人側のきっかけは、小学校から中学校の時にすごく仲の良かった幼馴染が非行に走り、学校にもあまり来なくなってしまったんです。当時高校生くらいの私にとってショックが大きく、どうして人は自分で自分が幸せではない方向の選択をしていくのか、当時分からなくて。心理学や犯罪心理などの勉強を
始めたことが最初のきっかけです。
2つ目の犬側のきっかけは、高校1年生の時に飼っていた犬が亡くなってしまったことです。犬が亡くなったことをきっかけに、殺処分問題などに関心を持ち、将来は日本にシェルターを作るんだって気持ちが芽生えました。そして、人と犬両方の支援に興味があった高校生のときに、プロジェクトプーチというアメリカの少年院の話をテレビで知り、人も救えるし、犬も救えるし、私がやりたかったのはこれだ!となったんです。その時にプロジェクトプーチについて書かれた本をインターネットで取り寄せて読みました。その数年後、本格的に活動を始めるタイミングで作者の今西先生にメールで問い合わせたんです。その際、今西先生にプロジェクトプーチのジョアンという代表を紹介してもらいました。そして2013年にアメリカに行き、ジョアンと色々情報交換して研修を受けさせて頂いてから、日本でキドックス独自のドッグ・プログラムを始めました。
Q.活動内容を教えて下さい。
A.直接的に犬と触れ合う部門と、間接的に犬と関わる部門があります。若者たちには、犬と直接関わろうが関わるまいが、犬と自分たちどちらのためにもなるというビジョンを共有しています。
<キドックスの活動について>
主に5つの部門に分かれており、利用者さんに合わせて提案している。
実際にここに来る方たちはそのいずれかに所属して活動する。
①ドッグシェルター部
いわゆる動物保護の活動で、事業所にいる犬たちのお世話・トレーニング・ケア・シャンプーや手入れなどのシェルターワークを行う。トレーナーとトレーニングプランを立てたりする。犬の世話は毎日必要不可欠なので、シェルター部は毎日活動している。
②ドッグカフェ部
犬たちを譲渡するためのカフェが近くにできたのでそこの運営に関わる。
③木工部
就労体験の一環として木製製品を作る。まな板ヘアゴム、犬のおもちゃなどを作っている。作業は全部若者が行い、企画は職員が行う。
④アウトドア部
事業所の外の畑を利用して、ブルーベリーを育てる。畑の手入れや収穫を行っている。他にもドッグラン、造園の手入れを行う。荷物を入れるための小屋や犬の脱走を防ぐ柵も作成する。
⑤ドッグフード部
庭で栽培しているブルーベリーを使って犬用のクッキーを作る。クッキーにはレバーバージョンとチーズバージョンがある。他にも、ボーロを開発中である。味は、あじとホウレンソウ、ブルーベリーチーズ、かつお節、プレーン味の4種類。この作業は就労体験の一環としてすべて若者が行っている。
写真:4種類のボーロ
―ここに来る若者たちは必ずしも犬に触れるわけではないのですか?
A.そうですね。基本的に犬好きや動物を飼っている人、つまり動物を動機に来る人が多いですが、近いから来ましたとか病院の先生から紹介されたのでとか、動機が別の方もいて、意外と犬が怖いと言われることもあるんですよ (笑)
―犬と人が一緒に活動するというわけではないと?
A.それはドッグシェルター部ですね。ドッグシェルター部は一人一頭担当して犬をお世話しますが、犬が苦手な人や間接的に犬と関わりたい人は別の部門で活動します。犬との関わりはトレーニングを組み立てたり、その日の体調やテンションに合わせて臨機応変に対応しないといけなかったりと、応用する力や頭で考えることを求められます。なので、人によっては合わないこともあるんですね。なので、無になってひたすら作業をやりたいという人にはフード作りや木工作りを行ってもらい、逆に犬が好きで犬のために何かしたいとか、トレーニングとか、考えて何かをやっていく方が好きな人やじっとしていられない人にはシェルターワークを行ってもらいます。そこも一人一人に合わせて、相談して決めています。
Q.活動の中心であるドッグプログラムについて教えて下さい。
A.主にドッグシェルター部で行われているプログラムのことです。キドックスの活動は全体がドッグプログラムの一面を持っていますが、犬と直接接するプログラムはシェルター部で行っており、犬のトレーニングや、世話をすることを主に指します。食事管理、健康管理、歯磨き、耳掃除、シャンプーなどのケアも行います。
よく誤解をされるのですが、ドッグプログラムはただ犬と触れ合う、ただ犬の世話をすれば、若者が成長していくわけではありません。犬の世話をしたら若者が元気になるとか、犬の世話をすれば学校にいけるようになると、勘違いをする人も多いのですが、支援者(プログラムを提供する人)のかかわりが肝になるプログラムなんです。犬と若者自身に対しどのような支援目標、課題があるということを本人と共有して進めています。要は若者のこの部分を通じて課題を乗り越える、犬もこの部分を通じて乗り越える、そして、お互いが成長していくという仕組みを作らなければいけないのです。
(具体例)
性格が引っ込み思案な犬がいて、相手を受け入れることが上手な人がいたとする。その人は相手を受け入れるのが元々上手だから、引っ込み思案な犬がどんどん自分の我を出していくようになり、犬が自分の気持ちを出せるようになる。ただ、人が受け入れすぎることによって犬がわがままになる。若者は受け入れることしかできなくて相手にノーと言えないし、働きかけられないから疲れてしまう。しかし、犬はどんどんわがままになる、というような状況になったときに、犬の課題は我慢を覚えること。一方若者の課題は受け入れるだけではなくてちゃんとダメなことはダメといえるようになること、伝える力を持てるようにすること。この2つの課題を初めてマッチングさせていく作業をしていく。これが、人と犬によってケースバイケースで逆に犬に対して自分の要求を言いすぎたりしてしまう人もいたりする。そういう場合はもっと犬を受け入れなさいと、受け入れる力がないのに犬に命令ばかりしてはいけませんと伝えたりする。犬も犬で主張だけ強くて我慢ができない子もいたりする。
このように一人一人、一匹一匹の性格を見極めたうえでマッチングし、お互いの課題にとってどうかというのを全部設計していくのです。それがドッグプログラムの一番本質的な部分です。単純に犬と触れ合って楽しかったねでは駄目なんです。人と犬の性格の両方考えないといけない、観察して、仮説を立てて本人とも話し合ったりしないといけません。また、本人が目指している人生設計プランと違う方向にこちら側が一方的に指導はしないようにしています。本人がどういう人生を生きたくてどういう力をつけていきたいかという本人の内側から出る意思がないとこのプログラムはうまくいきません。本人の意思を踏まえ、どのように進めていくか一緒に設計して、一方で犬の特徴や性格を見極めて最終的に相性を見ていきます。
―シェルター部で扱う犬は、人懐こい犬に限定しているのですか?
選定をしています。エバリュエーションテストという基準があり、犬がどんな時にどんな反応をするのかというのを何十項目にもわけて行うものです。例えばケアされた時の反応、散歩中の反応などあらゆる場面の行動特性や性格をトレーナーさんがテストします。その中で絶対にだめなのが攻撃性です。利用者さんも不安定な方が多いなか、噛ませてしまったら一大事なので、基本的に噛む子はうちには入れられないです。とはいっても人懐っこい子は譲渡に訓練が必要ないので、怯えが強いとか、社会恐怖症な感じの子たちがうちには多いですね。
―攻撃性のある犬は最初から引き取らないということですか?
そうですね。うちでは受け入れることが出来ないので、センターの職員さんやトレーナーと話してある程度絞っています。センターでは譲渡に出せそうな子をまず職員さんが選定し、その候補資料が毎月送られてくるんですね。そのなかでテストを受けたい子を決めて、トレーナーさんがテストします。他にも保護団体と提携していて、20~30頭犬の中から今4頭連れてきていて、その選定も現場のボランティアの人や理事の人に話を聞いてどの子が候補になるかあらかじめ決めてだいたい絞ります。さらにテストをして受け入れる子を決めます。
―ドッグプログラムを行う上で大変なことは何ですか?
職員の負担が大きいです。ドッグプログラムでは、人側からの視点からみたら何が必要か、犬側からみたら何が必要かっていう作業をすり合わせていかないといけないのがとても大変です。人側の専門家は人側、犬側の専門家は犬側から見てしまいますが、人と犬両方の視点から見ることができるのが、現状、私を含めた正社員二人しかいなく、プログラムの質の管理が大変です。
Q.この活動を行う上での課題を教えて下さい。
人と犬両方の目線から見ることが出来る職員が少ないことですね。職員の人材育成が課題です。後は利用者さんがステップを踏みながら成長していけるようにスキルをつけていけるようにするという職員の指導力、活動するための金銭面です。これは常に課題で、回らないほどではないけど、結構かつかつにやっているという感じなので…。金銭面からくる人手不足、人材育成できていない部分からくる人手不足もあるし、人手が足りないと育成にも人を割けないので、さらに人手不足に…。色んな所で課題は連なりあっています。
―人と動物両方の目線から考えられる人になるにはどうしたら良いのでしょうか?
動物と人支援の基礎知識を学んだうえで、現場経験が必要です。とくに現場経験ですね。例えば福祉の業界で障害者に人を支援する仕事を3年、その後ドッグトレーナーの仕事を3年やっていますといった人であればベストだと思います(笑)
私は最初は人の支援の勉強を、心理学を勉強して、人を支援する仕事をしました。つまり人間側から入ったんですね。犬のことはトレーナーさんに教わりました。トレーナーさんに弟子入りとまではいかないけど分からないことをたくさん聞いて自分自身もトレーニングがちゃんとできるようにして犬を見れるようにしました。時間はすごくかかりました。今現在、ここの事業所を始めて5~6年くらい経つんですが、今やっと見れるようになったなって思いますけど、当時の自分はダメダメだったと振り返ると思いますね。やりながら成長していったと思います。もう一人の正社員はドッグトレーナーをずっとやってきていて、犬のことはわかっていたんですけど、人のことは分からないので私が教えたりしました。一緒にやりながら成長していって、そして彼女は人側の資格も取りました。結局はどちらの現場経験も必要になりますね。
―他にはどんな活動をしているのですか?
A.ここの事業所だけに限らず活動をしていて、犬を連れて訪問授業や譲渡会、地域のイベント、物販イベントに参加して製品を展示したりもします。他にも、実際に子どもたちがキドックスにきて犬の接し方教室をやったり、若者たちとキドックスでキャンプをしたりしました。今年の夏は児童養護施設の子どもや通信制の高校に通っている子ども向けのプログラムとして、ここで犬との接し方を教えたり、キャンプをするという企画を考えています。他にも、動物愛護ボランティアに興味はあるけど動き出せない人向けに研修会などトレーニングのやり方をレクチャーしたり、飼い主さんのしつけ教室もやっています。市町村がやっているしつけ教室に呼ばれたりすることもありますね。
Q.今後力を入れていきたい活動はありますか?
A.カフェですね!2018年4月中旬からオープンです。また、4月からこの事業所がシェルターになり、365日管理になるので、シェルターとカフェを両立しながら事業がちゃんと回っていくような人員体制、配置を行い、質を落とさず金銭的にも継続出来る仕組みを作っていきたいです。
―カフェというのはいわゆる保護犬カフェとは違うのですか?
A.保護犬と触れ合えるという意味では同じですが、中身は違うものにしようと思っています。犬と触れ合いたい放題のパークに行ったことはありますか?犬が大勢いてそこに人が入って行って撫でで遊ぶところです。色んな所にあって、動物園とかにもありますよね。私もよく行きましたが、犬たちの精神状態が少し気になっていました。犬を触りたい放題にしてしまうと教育的効果はあるのだろうかという疑問があって…。人からしたら、トレーニングされている犬だし、何しても怒らないから、触り放題で癒されて帰りますよね。それとは異なり、もっと犬について学べたりとか、怖がりな犬がいたとしても、こちらの関わり方次第では慣らしていけるとか、もっと発見があるようなカフェにしていきたいです。なのでカフェのつくりは、犬の個室があって、そこに人がお邪魔するような感じです。そこで犬の慣らしトレーニングとかその子固有の関わり方を学んでもらったり、その犬の背景も知ってもらって、それを重くなくやりたいですね。その犬がかわいそうみたいな感じにはしたくないので。重くなく、楽しい感じで、でもお客さんに犬に対する正しい知識を理解してもらえるようなカフェを作りたいです。
いかに色んな人が、気軽に参加したけど学んで帰るみたいな仕組みが作れるかが大切かなと思っています。実は来る動機は何でもよいと思っていて、例えば、犬がかわいいから、ただ触れ合おう、犬に癒されよう、子供に犬を触らせたいでもよいのです。そこで犬に対する接し方や、犬の背景をある程度知れて、こういうこともあるんだという発見があって…。こういう接し方をすると犬は変わるんだねという驚きや発見など良い意味の体験があって帰れるものにしたいなと思っています。
Q.この記事を読む方に一言お願いします。
A.常に寄付も支援物資も募っています。他にも物販販売もしているので、それを買っていただければ若者たちの就労につながります。今度できるカフェに遊びに来てくれるのもありがたいですね!
写真:手作りの木工製品
<編集後記>
今回初めてインタビュアーとして取材をしたのですが、メンバーや上山さんのフォローもあって、楽しく取材をすることができました。そしてお話を聞いていて、人と犬をマッチングさせて成長させていくことの大変さを知りました。そこには色々な人の様々な苦労や努力があって、それがあるからこそ、この活動が続けられているのではないかと思いました。私にできることは少ないけれど、この記事を書いて多くの人に読んでもらい、社会問題だけでなく、社会問題を少しでも良い方向にするために活動している団体にも少しでも良いから関心を持ってもらえたらいいなと思います。